介護用品についての記述
私たちは、お客様と関わらせていただく際、医師や看護婦、他のヘルパーなど、他機関・他職種との連携を図りながら仕事を進めていきます。
事前にアセスメントをいただき、ケア計画を立てます。
ところが、時々このアセスメントに疑問を持つことがあるのです。
これは、そういういくつかのケースです。
初めて行った先で迷子になり、人に道を尋ねたくてもだれも通らず、電話もなく、看板や目印さえない所では、私も途方に暮れてしまいます。
そんな時はまるで私も痴呆老人です。
不安になり、人との接触・交流を心から望みます。
それがかなわなければ、ぶつぶつ独り言を言い出したりします。
どうにかして目的地に行きたいがために、わけもわからないままウロウロとしますから、まるで俳個のようです。
この方のように、だれかそばにいて不安にならないように話し、説明をしてくれる人がいれば、落ち着いていられるはずです。
病院の待合室で、「ここは大きな病院だから、いろいろ最新の機械が入っているだろうね。
痴呆を調べる機械はないのかなあ。
日本の技術は進んでいるから、きっとどこかにあるだろうね。
一度、調べてもらったほうがいいかな。
最近呆けてきたし」。
けれど、食べたことは覚えているのですもの」そんな会話をして、夫婦で笑い合っていました。
この方は施設では、拒否されたのですが、私が関わり始めてから、重度の痴呆だと思ったことは一度もありませんし、痴呆だとしても、このような生活ができれば、特に問題はないと思うのです。
食事、排地、散歩介助のご依頼でしたが、食事は長男の妻がどんなに早い時間に出かけようとも、お義母さんの分を作って行かれるので、温めて盛り付けるだけでした。
排植はトイレとポータプルトイレを併用しました。
紙パンツも用意しでありましたが、日中汚すことがなかったので、普通のパンツを着用していただきました。
散歩は、手すりなどを使って歩くことはできましたが、遠方へ出かける時は介助用の車イスを利用しました。
初めて会った時に、「まあ~よく来てくださったわね。
あなたのようないい方に来ていただけるなんて、私は幸せだわね」と言うので、言葉づかいがていねいで「上品な方」という印象を受けました。
ゆったりとした時間の中で、いろいろな話をうかがいました。
立派な家柄で大事に育てられ、「先生、先生」と大勢の人から尊敬され、ご主人には愛され、これまでさぞや幸せな人生を送っていたのだろうという感じを受けました。
実際、長男とその妻は、本当によくできた人で、優しくあたたかく大事に介護していました。
愛情にあふれた家族がそこにはありました。
始めはあまり感じなかったのですが、何度か訪問しているうちに、ときどき話がずれるようになりました。
つい先程ごはんを食べたのに、「まだいただいてませんね」と言って、「あら、ここはどこだったかしら。
長いことお邪魔して、そろそろ失礼します」と家を出ようとしたり、「うわっ、地震だ!」と驚いて私に抱きついたあとすぐに、「あら、どうかなさったの?」と言ったりします。
ある時、主人のお墓参りに行きたいと言いました。
場所は少し遠いけれどわかっているとのことでした。
身仕度が始まりました。
格好はして行かれないわ。
これ、どう? 地味かしら」とあれこれ洋服を選びました。
家を出るまでに2時間も経過していました。
行く道順を聞くと、「はい、まっすぐ行ってください」と言います。
途中の商庖街では、お菓子や果物、お赤飯などを抱えきれなくなるほど買いました。
そこからどう行くのか聞くと、「そろそろ帰りましょう」。
墓参りが目的で出たのですが、日も暮れかかってきて、本人が帰ると言うので帰路につきました。
その時、すれ違ったご近所の方が、「この人は頭がおかしくなっちゃってね」と本人を前にして言われたのです。
Kさんは表情も変えず、何も言わなかったので、聞こえなかったのかなと思いつつそのまま歩いてきました。
i人の悪口を言う人がいるものだね。
あの人は嫌いよ」と家に入るなりKさんは言われました。
息子夫婦の帰りを待つ問、「晩ご飯も食べさせず、遅くまで帰ってこないで駄目じゃないの、と言ってやるわ」と言われたのに、帰ってきた息子夫婦に向かつて「お腹が空いたわね。
この方にも晩ご飯を食べていってもらいなさいよ」とおだやかに言ったのです。
iこれが仲良くやっていくコツなのよ」と私に言われるのですが、この方も痴呆なのでしょうか。
仕事の内容に差があるとは思いません。
けれど、社協のヘルパーさんに対しては、「何もやってくれない人」というのがMさんの評価でした。
私自身もヘルパーとしての評価をされているわけで、それを人にどのように話されているのかはわかりませんが、少なくともMさんとの関係は悪くなかったように思います。
なぜなら私を「知子さん」と名前で呼んでくださり、指名がかかるようになったからです。
私は関わり方によって、呆けの程度は変わるのではないでしょうか。
私は、自他ともに認める「天然のボケ」です。
ですから、私が痴呆といわれているお年寄りと出会うにもあまり重度と感じないのかもしれません。
けれど、これが自分の身内となると話は別です。
物忘れが激しくなってきた父母を前に、「なにやっていんのよ。
しっかりしてよ」と声をあげることもあります。
やはり家族は、親、配偶者、子どもとしてのこれまでの役割やイメージをその人が死ぬまで期待します。
本人と同じように、「老いる」ということを理解できないのです。
認められないのです。
家族ではできないこともあります。
家族だからこそできることもあります。
私たちへルパーはしょせん他人です。
しかも介護が必要になってからお年寄りとお会いし、関係をつくっていくのですから、家族の歴史の長さ、深さには到底及びません。
けれど、他人だからこそ受け入れられる、待てる、ということがあります。
短時間の関わりだから、いい顔ができるということもあります。
と言う人もいれば、痴呆ではないという人もいます。
そうなるのは関わり方の違いだと思います。
人は、出会う人によって人生が大きく変わります。
痴呆のお年寄りでも同じです。
新しい出会いから、新しい関係をつくっていく、痴呆という先入観を捨て、1人の人として関わりを持つ、そうすることで、たとえ痴呆になっても幸せだったと人生を全うしていただけるかもしれないと思うのです。
痴呆になったら不幸ではなく、痴呆になっても幸せに暮らせるよう、関わる人の意識、地域が変わることを望みます。
痴呆のお年寄り2人がこんなことを話していました。
それからのお2人は落ち着いていて、とてもいい雰囲気でした。
痴呆でもいい、と私は思います。
ぎゅっと抱きしめたくなるくらい愛しくなる痴呆のお年寄りもいます。
けれど、家族ではこれまでの経過や感情があるため、意識を変えることは難しいでしょう。
地域を変えることも簡単なことではありません。
家族と他人、専門職などそれぞれの立場、役割を理解し、部分的に専門職などを取り入れることによって、在宅で、「家族も幸せ・痴呆のお年寄りも幸せ」という介護が実現できるかもしれません。
また実際に行動し見せていくことで、地域も少しずつ変わってくるかもしれません。
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